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イタリア流の過ごし方

 

日本の四季は美しい。
春には、あでやかなピンクの桜が空を舞い
夏には、空を明るく照らす花火が、心を躍らせてくれる。
秋には、黄金に輝く「いちょうの葉」が地面を埋めつくし
冬には、静けさと雪の白さで、心を洗う。

 

キレイなものを見ることは
四季の美しさに触れることは
五感がとても刺激される。

 

そして四季折々の風の感触。
自然の香り。
こだまする人の笑い声。
視覚、聴覚、いろんな五感が喜ぶ瞬間。

 

言葉じゃなくて、体で感じる喜び。

 

イタリアを旅行した女性の本に書かれてあったのですが、
イタリアの歴史を遡ってみると
地元指導者による政治の腐食や
海外からの支配者による搾取により
「誰も何も」信じてはいけない、
つまり、世界は腐敗し、不安定で、公正ではない。
自分の感覚で経験できることだけを信じるべきだ。
そんな態度を持つようになり、
この傾向は、ヨーロッパでもイタリアがかなり強いそうです。

 

そのような歴史を辿ったため
例えば、ひどく無能な大統領や、ジャーナリスト、教授などには
寛大なのですが(こんなものだろうと「信じていないから」許せる)
逆に、無力なオペラ歌手、指揮者、バレリーナ
俳優、映画監督、シェフ、など
Beauty(美)が関わっている人たちに関しては、
妥協しないそうです。

 

Devote yourself to the creation and enjoyment of beauty
(「美」に対する創造と喜びに貢献する人生)

 

これは、彼らにとって、決して現実逃避ではなく、
この世の中で、全てがどれだけ腐敗していても
どれだけ信じられなくても
そのような時にこそ「しっかりと握り締めておく」
唯一のこだわり。「美」への追求。
生きている価値だとしています。

 

そしてもう一つ。
イタリアの人は「何もないところから、何かをつくるアート」を
とても大切にします。
たくさんのお金を使うことではなく、
シンプルな材料を使って「ご馳走」にしたり
数人の友人が集まっただけなのに「お祭り」なっちゃったり♪♪
これはもう才能の一つですよね、

 

美しいものは妥協しない。
つまり五感を喜ばしてくれものを大切にし、
そして、お金とは関係なく
シンプルなことで「楽しいイベント」(心が喜ぶこと)にしてしまう。

 

「外」に現れる美。(音楽だったり、料理だったり)
そして「中」で感じる美。(数人集まっても楽しい時間を過ごす)
このイタリア流の「美」への追求は、
日本人の私にとっても、ステキだなって思います。

 

すごくシンプルなことで
楽しい時間を過ごすことができるって
なんかいい。

 

お金を使って高いレストランに行くこともいい。
海外に旅行することも楽しい。

 

でも日常の中に、あえて
特別なイベントがなくても、特別な状況が生じなくても
どれだけ「美しいもの」を見ることができるか
どれだけ「楽しいものにする」ことができるか

 

「心」がどんな見方をしているかで
もたらされる「イタリア流」のこだわり。

 

そんな瞬間を「どれだけ」もつかによって
日常は大きく変わるような気がします。

 

小さな喜びも、積もれば
一つの大きな喜びよりでっかいかもしれない♪

 

日常は、人生の大半を占める空間。
その空間を「イタリア流」に生きてみるのも
なんだかいいなってふっと思いました。